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221鞍~240鞍

期間 : 2020年 6月~2020年 10月

騎乗した馬 : 5頭

教えてくれた人 : 2人

新しくやったこと :段違いオクサー。60㎝ジャンプの試合に出場する。

感想 : コロナ自粛明けからの,本格的な復帰の時期でした。

一日一鞍の練習が多かったので,梅雨時から真夏,涼しくなった秋まで,この20鞍の練習をこなすのに長期間かかりました。

特筆すべきことは,ようやくようやく60㎝の試合に出場したことです。
60㎝の障害自体は,もう何年も前から跳んでいたのですが,外の広い馬場で,その日の朝に発表された経路を練習なしで走行するという本試合に挑んだのは初めてです。
自粛明けからは一度も乗っていない馬で突然本番に挑むという無茶をして,しかも待機馬場ではまったく動かず絶望感まで味わいましたが,ベテランの馬が空気を読んで落とさず跳んでくれたので,めちゃくちゃ遅いタイムではありましたが4位入賞を果たしました(前日のクロスバージャンプの試合では同じ馬で優勝しました)。

この経験を通して,自分の中で,馬に対する感覚が少し変わったように思います。


「馬はパートナー」という言葉を,よく聞きます。
でも,これまでわたしは,言葉としては知っていても,実際の感覚としてそれを理解できていなかったのだと思います。
「パートナー」って,どういうことなんだろうって。


以前,『三本木農業高校、馬術部 ~盲目の馬と少女の実話~』という映画を観たのですが,その映画の中で,顧問の先生が 「馬はペットじゃねぇ!」 と叫んだのが,すごいショックだったんです。


ペットじゃない!?
ペットじゃないとは,どういうこと?

馬って何?
人間にとって,何?
パートナーって???

もう,大混乱。
はっきりとした答えが出ないまま,馬に乗り続け,長い時間が経過しました。
技術的なことは別として,気持ちの上ではどういうスタンスで馬に関わればいいのか,いつもどこか自信がありませんでした。

ペットを可愛がるようにベタベタと甘やかすのは違う。
「自分より下の存在なのだから」と見下して使役するのも違う。
「下手なわたしなんかを乗せてくださって」とへりくだるのも違う。

パートナーって?
対等な関係って?
?????




今回の試合に出場して,わたしは生まれて初めて,馬に対して「怒り」を覚えたことにびっくりしました。
自分より前に出場していた子どもたちを乗せているときに,本当はできるのに明らかに舐めてかかって力を発揮していなかったから。
乗り手の技術の問題と言ってしまえばそれまでなのだけれど,馬に対しては「本当はできるのに何やってるんだ!」って,怒りが湧きました。

これまで,わたしは練習中に馬がわがままをしたときも,急な動きをして落とされたときも,思い通りに動かせなかったときも,怒りを感じたことは一度もありませんでした。
でも,このときは軽い怒りを感じたのです。
「お前は悪いヤツだから罰してやる」とか,そういう類の怒りではなく(どんな場合にも「痛めつけてやろう」という気は起きません),「力を発揮しないなんてわたしは許さない」という,そういう怒り。

だってわたしは,あなたが本当はできる馬だってことを知っている。

そういう気持ちで乗り替わったところ,急にシャキシャキと動き出して,その日のクロスバーの試合は優勝することができました。

翌日の60㎝の試合のときも,待機馬場でまったく動かなかったのですが(馬にも色々事情があったようですが 笑),出場直前に思ったことは「お願いね!」「できるよね!?」といったことでした。


ああ,もしかすると,これが,「対等なパートナー」というものなのかなと,このとき思いました。
相手の力を信じて,「お願いね」「頑張ろうね」と,横に並んで肩をたたく感じ。

ご機嫌うかがいなんてしないし,自分の気分で痛めつけたり理不尽な扱いをしたりもしない。
対等な関係で一緒に行うことだから,どんな結果になっても,どっちかが悪いわけじゃない。

そんな世界を,一瞬,垣間見ることができたような気がします。


指導員さんは「100回の練習よりも1回の本番」と言っていましたが,確かに,こういうことは,実際に本番に挑んでみなければ味わえない感覚だと思います。

日々の練習はゆっくりと進んでいて,定期的に自信を失ったり,馬との関わり方がわからなくなったりしていますが,こんな風に,あるとき何かが繋がり,新たな世界を垣間見ることができるのは,幸せなことだと思いました。

成長と気付きの機会を与えてくださった馬とクラブと指導員さんに,心よりの感謝を申し上げます。


いつも応援ありがとうございます♪

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