2018年11月23日 (金・祝)

初めて馬に乗った日から,今日で2年。
とても密度の濃い2年だった。
2年前,わたしを体験乗馬に連れていってくれた知人の女性とは,ここしばらく会っていない。
今も元気だとは思うけれど,乗馬はどうなったのだろう。
1年ほど前に会ったときには,「最近(馬に)乗れてなくて……」と話していた。
2年前の彼女は,乗馬を始めてちょうど2年くらいだと話していた。
乗馬歴2年。
あのときの彼女と,今のわたしは,同じ年数だけ馬に乗っているのだ。
たしか,2年前の彼女は,グループレッスンで馬に駈歩させたりしていた(あの走り方を「駈歩」と言うのだということも,当時は知らなかった)。障害を跳んだこともあると話していた。
2年後。
自分の変化にびっくりだ。
あのとき知らなかった場所にわたしはいて,あのとき出会っていなかった人や馬と関わり,あのときできなかったことができるようになっている。
今ではこれが普通なのだけれど,当時の自分からは想像もできなかったことだ。
何でもそうだけれど,物事は,一番最初の「始める」という部分にものすごい力がいる。
乗馬にしろ,一人暮らしにしろ,海外旅行にしろ,小説の執筆にしろ,なんとなく感じる抵抗感を,「えいやっ!」と力を入れて乗り越えなければ始められない。
始めてしまえば,あとはもうそれが段々と普通になっていくので,そこまでパワーはいらないし,難しくもないのだけれど。
最近,周囲の人々がバタバタと結婚していて,その話を聞くたびに,ああ,彼らも,どこかで,抵抗感を「えいっ!」と乗り越えたんだなと思う。
おめでたく幸せなことなのだとしても,そんな決意,軽々しくできるものか,って。
跳んだこともない高さの障害を跳ぶときみたいな感じかな。
それに挑戦できるだけの力をつけたことは嬉しくて。
でも失敗すれば大怪我するかもしれないし。
そもそも跳べないかもしれないし。
それでも,まあ,たぶん何かあっても対処できるだろう。
恐いな。
不安だな。
でも跳べたら,その先には,どんな世界が広がっているだろう。
わたしは練習を続けていく中で,気付いたら障害飛越をするようになっていた。
どういう運命でなのか,できるとも思っていなかったことなのだけれど,練習メニューの中に取り入れられていて,流れに任せていたらそうなっていた。
「障害馬術競技」って,わざわざ「障害」をつくって,しかも自らその障害に向かっていくという,おかしな競技だ。
だって,障害なんて,ないほうがスムーズ。
馬も人もそのほうが楽。
落馬リスクも低いから安全。
それでも,何でだろう。
楽しいと思う。
1人で走っていたら届かない高さを跳べるのが楽しいのかな。
不安や恐怖は,いつもどこかにお守りのようにあるのだけれど,わたしは乗馬を始めるまで,困難に向かうことを楽しいと思えたことはなかったような気がする。
「リスクを取らないリスク」という言葉を,最近どこかで聞いた。
何のリスクも負わない平坦な道が,安心・安全で平穏な幸せに繋がっているわけではないのだ。
乗馬でも,乗馬以外のことでも,どうかわたしが,きちんと困難に向かえる人でありますように。
そのときは,いつもの練習と同じように,冷静に,落ち着いて,どこかにわくわくした気持ちを持って,自分を信じて乗り越えていけますように。
いつも応援ありがとうございます♪

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とても密度の濃い2年だった。
2年前,わたしを体験乗馬に連れていってくれた知人の女性とは,ここしばらく会っていない。
今も元気だとは思うけれど,乗馬はどうなったのだろう。
1年ほど前に会ったときには,「最近(馬に)乗れてなくて……」と話していた。
2年前の彼女は,乗馬を始めてちょうど2年くらいだと話していた。
乗馬歴2年。
あのときの彼女と,今のわたしは,同じ年数だけ馬に乗っているのだ。
たしか,2年前の彼女は,グループレッスンで馬に駈歩させたりしていた(あの走り方を「駈歩」と言うのだということも,当時は知らなかった)。障害を跳んだこともあると話していた。
2年後。
自分の変化にびっくりだ。
あのとき知らなかった場所にわたしはいて,あのとき出会っていなかった人や馬と関わり,あのときできなかったことができるようになっている。
今ではこれが普通なのだけれど,当時の自分からは想像もできなかったことだ。
何でもそうだけれど,物事は,一番最初の「始める」という部分にものすごい力がいる。
乗馬にしろ,一人暮らしにしろ,海外旅行にしろ,小説の執筆にしろ,なんとなく感じる抵抗感を,「えいやっ!」と力を入れて乗り越えなければ始められない。
始めてしまえば,あとはもうそれが段々と普通になっていくので,そこまでパワーはいらないし,難しくもないのだけれど。
最近,周囲の人々がバタバタと結婚していて,その話を聞くたびに,ああ,彼らも,どこかで,抵抗感を「えいっ!」と乗り越えたんだなと思う。
おめでたく幸せなことなのだとしても,そんな決意,軽々しくできるものか,って。
跳んだこともない高さの障害を跳ぶときみたいな感じかな。
それに挑戦できるだけの力をつけたことは嬉しくて。
でも失敗すれば大怪我するかもしれないし。
そもそも跳べないかもしれないし。
それでも,まあ,たぶん何かあっても対処できるだろう。
恐いな。
不安だな。
でも跳べたら,その先には,どんな世界が広がっているだろう。
わたしは練習を続けていく中で,気付いたら障害飛越をするようになっていた。
どういう運命でなのか,できるとも思っていなかったことなのだけれど,練習メニューの中に取り入れられていて,流れに任せていたらそうなっていた。
「障害馬術競技」って,わざわざ「障害」をつくって,しかも自らその障害に向かっていくという,おかしな競技だ。
だって,障害なんて,ないほうがスムーズ。
馬も人もそのほうが楽。
落馬リスクも低いから安全。
それでも,何でだろう。
楽しいと思う。
1人で走っていたら届かない高さを跳べるのが楽しいのかな。
不安や恐怖は,いつもどこかにお守りのようにあるのだけれど,わたしは乗馬を始めるまで,困難に向かうことを楽しいと思えたことはなかったような気がする。
「リスクを取らないリスク」という言葉を,最近どこかで聞いた。
何のリスクも負わない平坦な道が,安心・安全で平穏な幸せに繋がっているわけではないのだ。
乗馬でも,乗馬以外のことでも,どうかわたしが,きちんと困難に向かえる人でありますように。
そのときは,いつもの練習と同じように,冷静に,落ち着いて,どこかにわくわくした気持ちを持って,自分を信じて乗り越えていけますように。
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馬場3級の合格を祈念しております。